• 34年前の卒業生です!

    アヌルッダ セネウィラットネ(スリランカ)1992卒業

      34年前の卒業生です。
       皆さんお元気ですか?初級から上級まで勉強しました。今、スリランカで会社を経営しています。
       SNGを卒業した後、日本で仕事をしました。富士通グループに入社し、3~4年そこで勤務しました。そのあとスリランカに帰国して、2000年、横浜市長と共に、横浜市の産業貿易振興会と一緒にスリランカ貿易投資振興局を設立しました。その日本代表として仕事をしました。2011年までその仕事をして、その後スリランカに帰国しました。
       スリランカでは、貿易と経営コンサルタント会社を設立し、代表として仕事をしています。私は英国の大学でマスターを取得しています。専攻は経営学です。
       SNGで楽しかったこと、嬉しかったことは、先生方がとても親切で熱心に教えてくださったことがよかったです。特に漢字を覚えるのはとても大変でしたが、書き順を丁寧に教えてくださり、とても助かりました。日本に来るときに少し日本語を勉強していましたが、話すことはできませんでした。でも、SNGに入学して、半年経つといろいろな会話ができるようになりました。SNGには、日本語を勉強するシステムがしっかりできているので、日本語力がつくのが早いです。授業はとても楽しかったです。つねに先生方が毎日フォローしてくださいました。日本語を学んだことにより、スリランカと日本のパイプラインとして仕事ができるよになりました。とても感謝しています。
       SNGではワープロも勉強しました。当時日本ではワープロがとても盛んでした。他国を知るということ、自分の国以外にもう一つの国を知るということは、世界を相手に仕事をしていくときに、大きな武器となります。自分にとって最高の財産になっています。
       日本語を勉強しようと思ったきっかけは、スリランカで日本のテレコムのプロジェクトがありました。当時私は隣でそのプロジェクトワークを見ていました。厳しくて、几帳面で、管理の仕方など、しっかり仕事をしていました。それがとても面白かったのです。それで、日本語を勉強して、日本に行ってみようと思いました。
       在学生の皆さん、日本語を学ぶための期間は2年間しかありません。集中して勉強してください。目的を達成するために、諦めずに続けてください。自分の将来を大きくするためには、それなりの勉強が必要です。頑張ってください‼
    (2024年1月19日来校)


  • ANAに決まりました!

    フーン (ベトナム)2019年卒業 

     皆さんこんにちは。5年前にSNGを卒業しました。今日は妹をつれてSNGに来ました。妹もここで勉強します。
     ANAに就職が決まりました。6月から貿易の仕事をします。昨年から就職活動をしていました。たくさん履歴書を送ったり、面接したり忙しかったです。なかなか希望したところに決まりませんでしたが、今回3つ内定をもらい、そのうちの一つであるANAに決めました。
     SNGで大変だったこと、辛かったことは、3号館が駅から遠かったので、それが大変でした。駅から15分くらいかかります。時々遅刻してしまいました。それ以外で、大変だったことは特にありませんでした。
     SNGで楽しかったこと、嬉しかったことは、先生方が優しかったです。日本語も分かりやすく丁寧に教えてくださいました。進学希望だったので、進学クラスで勉強していましたが、第一希望の大学に落ちてとても落ち込んでしまい、進学クラスで勉強するのがいやになりました。それで観光ビジネスクラスで勉強することにしました。進学担当の先生から進学クラスに戻って勉強しましょう、と何回も言われました。
     僕は、観光ビジネスクラスで勉強しても、受験勉強は続けます。と進学の先生に伝えました。進学担当の先生はお母さんみたいで、落ち込んでいる僕をいつも励ましてくださいました。
     観光ビジネスクラスの先生も心配して、進学クラスのお母さんが呼んでるから、お母さんのところへ行きなさい、とやさしく声をかけてくださいました。観光ビジネスクラスで、いちご狩りに行きました。とても楽しかったです。ポスターやパンフレットを制作しました。ポスターを校内に貼り「みなさん、一緒に行きましょう」と勧誘しました。とても面白かったです。
     ついに、神奈川県にある松陰大学に合格しました。コミュニケーション文化学部に在籍して、英語、多文化、多言語を勉強しました。多言語では、中国語、ドイツ語、フランス語を勉強しました。大学生活の印象は微妙です。というのもコロナ禍で2年生の時と3年生の時、授業はリモートになってしまいました。入学して1年生のときは、まだリモート授業ではなかったので、日本人の友達ができましたが、サークルに参加できなかったのがとても残念でした。
     日本語を勉強しようと思ったきっかけは、当時一番上の兄が東京で仕事をしていました。それで、兄と一緒に生活して、日本語を学ぼうと思いました。
     将来の夢は、まだ漠然としていますが、食べ物のお店を作りたいと思っています。これからANAで仕事をして、色々な体験をとおして、社会人として経験を積んでいきたいと思います。その経験を生かして起業したいと思っています。
     在学生の皆さん、日本語学校で勉強している時期は一番楽しいです。何か誘いがあったら、遠慮なく一緒に参加して楽しんでください。遊びも勉強になりますからね。 (2024-05-21来校)                                


  • 日本の環境はいいです

    デイヴィット ハウェンスタイン(米国)1996年終了

     皆さん、お元気ですか。30年くらい前の卒業生です。今、東京で英会話の先生を35年間しています。英会話の生徒は、社会人の時は仕事や旅行のために英会話を勉強していましたが、その生徒たちが、会社を退職しても継続して勉強を続けています。ボケ防止のためだそうですよ。
     SNGで辛かったこと、大変だったことはなかったです。とても楽しかったです。私は学校の近くに住んでいたので、授業が終わると、私の家でよくホームパーティーを開きました。先生とクラスメイトと一緒に過ごし楽しかったです。カラオケボックスにも行きました。日本の歌を歌って、日本語の勉強をしました!300円で歌い放題、飲み放題で安かったですよ。歌舞伎を見に行ったこともあります。日本語のセリフがよくわからないので、ヘッドフォンで英語訳を聞きました。よくわかりましたが、日本語の勉強にはなりませんでしたね。アハハハ!
     当時は、SNGの在学生は韓国人が70%、中華系が10%くらいで、その他の国が10%くらいでした。だから、日本語を勉強する環境がとても良かったです。自分の国の人がいると、つい英語で話してしまいます。それでは、日本語が上達しません。英語を話す学生がいない方がいいです。どうしても日本語を話さなければならない環境のほうがベストだからです。
     日本語を勉強しようとしたきっかけは、大学でのルームメイトが日本人だったことです。私の専攻は平和についての勉強でした。ルームメイトは長崎出身の日本人で、彼のお父さんは長崎YMCAで仕事をしている方で、被爆者からインタビューしてそれを翻訳していました。私はもともと東アジアに興味があり、大学が広島女学院大学の姉妹校で日本と交流がありました。そういうことで、日本語を勉強してみようと思いました。
     将来の夢は、ボランティア活動もしているので、それがもっと国際的になるといいと思っています。1995年に『JAMBO INTERNATIONAL』を設立しました。アフリカの開発や環境保護を目的としています。JAMBOはスワヒリ語で「こんにちは」という意味です。毎月、7回イベントがあり、週末にハイキングに行ったり、川のゴミ拾いなど、日本のグループと一緒に環境作業をしています。日本の環境はいいです。海、山など、奥多摩、秩父、どこに行ってもそれぞれ景色が全部違います。すばらしいです。
     在学生の皆さん、出来るだけ、授業以外で日本語を話すきっかけを作ってください。日本人と話してください。そうすると上達します。頑張ってください。(2024-04-23来校)